キャプテラは中小企業におけるデジタル戦略の取り組みに関するアンケート調査を実施した。本稿はその結果報告第1弾として、世界から見る日本企業のデジタル戦略、その取り組みの自己評価、さらに従業員の増減について明らかにする。
DX (デジタルトランスフォーメーション) に対応する組織変革を行うのは、今や必須と言っても過言ではありません。ガートナーのアナリストである中尾晃政氏によると、コロナ禍における業績悪化、商流や消費者行動の変化などにより、企業のビジネス変革に対する意識が高まっており、 IT以外の部門でもデジタル技術を活用するケースが増えています。
よりデジタルなビジネスモデルへの転換には、 テレワーク対応に留まるケースから、新規の eコマースシステムを構築するケースまで、さまざまな戦略や施策が講じられてきました。日本の中小企業は、ここ数年の変化をどの程度有益なものと捉えているのでしょうか、そして今後の取り組みについてどのように考えているのでしょうか。このような問題意識から、キャプテラでは「デジタル戦略」と「デジタルプレゼンス」をキーワードに、アンケート調査を実施しました。その結果を2回に渡ってご紹介しますが、今回はデジタル化に向けた取り組みの効果と課題を整理します。
アンケートの対象となったのは、デジタル戦略を実行している250人規模までの中小企業にお勤めの方で、自社のデジタル戦略の立案や実施に携わっているか、現状を把握していることを条件としました (調査の概要は文末をご覧ください)。有効回答者は269名で、そのうちの44%が会社の経営者、54%はフルタイムの正社員でした (残りは非正規雇用者) 。
世界から見る日本企業のデジタル戦略
まずは世界的に見て、日本企業のデジタル戦略の立ち位置に注目したいと思います。本調査では、日本以外にカナダ、スペイン、メキシコ、英国の中小企業を対象にアンケートを実施しました。デジタル戦略が確立しているかどうか、その導入が困難だったかどうかの「自己評価」を比較し、その違いを明らかにしましょう。
デジタル戦略の確立と導入
下図でご覧のように、自社のデジタル戦略が確立していると認識している日本の回答者は40%で著しく低いことが分かります。他国ではその割合が79% (メキシコ) から88% (スペイン) までとなっており、日本と比べると2倍ほどの差があります。
この日本人回答者のやや弱気な見方は、デジタル戦略の現状に対してだけではなく、その導入に対しても同様です。どの国でも、デジタル戦略の導入が「かなり困難」または「どちらかといえば困難」であったと感じる回答者は半数を少し超えているものの、日本の場合は合計して79%まで上り、他国を大きく上回っています。
なぜ、このような温度差が生じてしまうのでしょうか。それは、幾度も指摘されてきたように、日本における DXに対するリテラシーの不足と、DXに関する人材の不足に起因すると考えられますが、調査結果にもその状況が幾らか反映されていることが分かりました。次節以降では、デジタル戦略の実態を確認しながら考察していきましょう。
デジタル戦略への取り組みの経緯
新型コロナウイルス感染症拡大とそれに伴った自粛により、企業のデジタルビジネス施策が何かしら左右されたのは、ある意味当然なことのように思われます。しかし、その影響はどの程度のものだったのでしょうか。アンケートに参加した回答者の31%は、自社では感染症拡大前までは明確なデジタル戦略がなく、「コロナの影響でデジタル戦略を策定・実施せざるを得なくなった」と述べています。残りの69%は新型コロナウイルスが始まる前からデジタル戦略に着手していましたが、その内訳は「コロナの感染拡大でそれまでの取り組みが不十分となり、デジタル戦略を加速させることになった」のが35%、「コロナ禍では微修正を加えた」ことで済んだのが34%となりました。続いて、コロナ禍前後での取り組みの変化や、自社のデジタル戦略のきっかけや改善点について掘り下げていきましょう。
半数以上はソーシャルメディアやCRMに取り組んでいない
まずは、オムニチャネル施策やクラウドソフトウェアの採用など、最も代表的と思われるデジタル戦略の取り組みについて質問しました。企業が実施したトップ4の取り組み (「実施したことがない」及び「わからない」を除いたもの) は下記の通りです。
施策開始時期を比較すると、コロナ前後で大きが差が見られないことが分かります。つまり、「社内でデジタル企画部門を新設 」や「メールマーケティング」のような取り組みは以前より行われていたものであり、パンデミックではその広がりが一層高まっただけかもしれません。また、「自社独自のECサイト」はコロナ後の施策として1位になりましたが、新たな販路拡大対策として納得できる結果と言えるでしょう。
さらに、まだ実施したことがない取り組みで最も多かったのは「ソーシャルメディアのプレゼンス戦略」で54%、次いで「CRM」(52%) 、「SEM (検索エンジンマーケティング) 戦略」(46%) の順となっています。中小企業のDX対策の中で、 ソーシャルメディアや 顧客関係の管理は優先度の低い項目であることが窺えます。
デジタル戦略のきっかけ
以上の現状を踏まえたうえで、今度は一歩手前にある「きっかけ」に目を向けたいと思います。国内ではDX推進の機運が高まっていますが、個々の企業がデジタル戦略を取り入れる背景には、多種多様な目的があるはずです。本調査で最も挙げられた理由は以下の3つです。
- 顧客の要望に応えるため 37%
- 低迷する売上を伸ばすため 32%
- 競合他社に後れをとらないため 29%
主な改善点は「データ収集と分析ツール」
さらに、前節で「デジタル戦略が十分に確立していない」と答えた人に対して、採用すべき点、または改善すべき点は何なのかを聞きました。そこで最も多く挙げられたのは下記の通りです。
- データ収集と分析ツール 60%
- 関連部門のために、クラウドベースのコラボレーション/コミュニケーションツール 40%
- デジタルマーケティング戦略 39%
6割の被調査者は「データ収集と分析ツール」を挙げており、圧倒的に多い回答となっています。昨今のビジネスでは、データ分析は意思決定やパフォーマンスに大きな影響を与えていることを考えると、それに対応できる体制整備は急務と言っていいでしょう。
【デジタル戦略の課題にいかに対処するか】
データ分析
データ駆動型の意思決定には、大量のデータを収集、 マイニング (パターン検出) 、 分析するための高度な処理能力が必要となります
クラウドベースのコラボレーション
テレワークなどによる デジタルワークプレイスの推進により、 コラボレーションツールや 社内コミュニケーションツールの導入がもはや必須と言えます
デジタルマーケティング戦略
インターネット上のマーケティングは常に進化し、多様化していますが、最も代表的なアプローチの中に メールマーケティング、 SEO (検索エンジン最適化) 戦略とSEM (サーチエンジンマーケティング) があります
既存のスタッフに頼る傾向
大きな技術革新が起こると、労働そのものにも影響を及ぼします。新しい人材の育成や採用だけではなく、既存の従業員の権利、労働関係法令の遵守など、企業にとってはさまざまな要素に目配りが必要になります。本アンケートでは、デジタル戦略の推進は人員の変更を伴ったかどうかを尋ねました。大半の企業 (52%) は既存のスタッフでデジタル戦略を導入し、次いで22%はスタッフを増員していました。
さらに、「既存のスタッフでデジタル戦略を策定した」と答えた企業関係者に対して、その導入方法について伺いました。「トレーニングを受けることなく、通常業務と並行してデジタル戦略を実施した 」(52%) と回答した人が最も多く、続いて「デジタル戦略の経験があるスタッフがすでに社内にいた」(26%)、「デジタル戦略に関するトレーニングを社内外で受けて、デジタルへの移行を実施した」(22%) の順となりました。
この結果は、現行のデジタル戦略を担当している人材と連動しています。その担当者が「デジタル戦略のトレーニングを受けていない社内スタッフ」であることが34%でかなり高い割合となっており、次に「デジタル戦略のトレーニングを受けた社内スタッフ」が32%、「社内のデジタル戦略スペシャリスト」が20%、「外部への委託」が13%となっています。デジタル戦略の導入段階においても、現行の運用体制においても、ノウハウや知識が不十分な人材に任せている企業が多いことは、特筆すべきところです。その教育不足が、デジタル化の一つの足かせになっていると言っても差し支えないでしょう。
まとめ
デジタル戦略の確立やその導入度についての評価は、回答者の主観に依存する部分はもちろんあります。しかし、中小企業の間では、自社のデジタル戦略に対してまだ改善すべき余地があるという意見が多いのは事実です。その要因として考えられるのは、データ収集・分析などのテクノロジを十分に駆使されていないことと、従業員の専門知識の不足があります。人員を削減せずにデジタル化に取り組む姿勢自体は称賛されるべきものですが、 学習システムを取り入れてスキルギャップの解消に努めることや、アウトソーシング (外部委託) を利用することも検討する価値があるでしょう。
次回は、中小企業がデジタルプレゼンスを高めるために行っている取り組みや、主に利用しているプラットフォームやツール、今後の投資の見込みなどについて紹介します。
本記事は、当社が実施した「中小企業におけるデジタル戦略の取り組みに関するアンケート調査」の結果をまとめたものです。調査期間は2022年8月30日〜9月6日、全国の中小企業に勤める経営者、管理職、一般社員に対してオンラインで実施しました。有効回答数は269人でした。以下の条件に合致する方を対象としました。
- 日本在住者であること
- 18歳以上、66歳未満であること
- 2〜250人規模の中小企業の経営者、または従業員 (正規・非正規) であり、2022年8月の時点で2年以上勤続していること
- 会社がデジタル戦略を実行しており、そのデジタル戦略の立案や実施に携わっているか、現状を把握していること
- 会社が設立してから3年以上経過していること
なお、本文で言及されている国際調査も同時期に実施し、次の有効回答数を得た:カナダ (290人)、スペイン (296人)、メキシコ (276人)、英国 (297人)。