本記事では「感情的知性 (EQ)」の様々な側面に迫り、日本と海外の違いにも注目しながら、プロジェクト管理における役割を明らかにします。また、EQを高めることでチームの連携やコミュニケーションを向上させる方法についても解説します。

感情的知性 (EQ) を取り入れて社内コミュニケーションを向上

プロジェクトマネージャー (PM) は、プロジェクト遂行において様々なチャレンジに直面しますが、その中でも人間関係の管理やチーム内のコミュニケーションに関わる問題がしばしば見られます。感情的知性 (EQ) は、こうした問題を克服するための有力な手段となり、プロジェクトの成功に大きく貢献します。例えば、当社がPMを対象に行った調査では、職場で否定的な指摘を受けた場合、どのように反応すれば良いのかを質問しました。最も多く挙げられた回答は「楽観視、関心、冷静さ」でした。これらの反応は、感情的知性の考えで最も効果的と言われている感情であり、様々な場面で有効に働くものです[1][2]。

キャプテラが世界12カ国の2,500名 (日本からは200名) のプロジェクトマネージャーを対象に実施した調査では、EQがプロジェクト管理においてどのように役立つかを明らかにしました*。その調査結果をもとに、本記事ではEQの重要性を解説するとともに、具体的なスキル向上の方法やプロジェクト管理における実践的な活用法についても紹介します。

調査結果のハイライト
  • 日本のプロジェクトマネージャーの80%が「頻繁に」または「常に」EQを取り入れており、世界12カ国平均ではその割合が95%に達する
  • 日本と世界のプロジェクトマネージャーの96%が、プロジェクトチームのEQの高さが目標達成能力にプラスの影響を与えると考えている
  • 経営幹部がEQの重要性を理解している組織は、プロジェクトのパフォーマンスが高い傾向にある
  • 日本のプロジェクトマネージャーの間でEQスキルが最も効果的に活用される場面は「問題解決」、「リスク管理」、「チーム管理」
  • 日本のプロジェクトマネージャーの66%が人間関係の管理に苦労している

EQ (感情的知性) とは?ビジネスでの役割

プロジェクトを予定通りかつ予算内で進めるためには、計画、スケジューリング、予算管理、リスク管理といったプロジェクトマネジメントの技術的スキルは不可欠です。しかし、プロジェクトの成功を大きく左右するのは、PMがいかに効果的にプロジェクトを管理しながら、ステークホルダーとのコミュニケーションや信頼関係を築けるかにかかっています。ここで重要な役割を果たすのがEQ (「感情的知性」または「心の知能指数」) です。

「Emotional Intelligence Quotient」の頭文字であるEQは心理学から生まれ、アメリカを起点に世界中のビジネス界に広がっています[3]。特にプロジェクト管理の分野では、EQはプロジェクトマネージャーが自身の感情やチームメンバーの感情を理解し、管理する能力を高めます。これには、オープンマインドや相手の気持ちの理解、アクティブリスニングといった手法を用いて、自己認識、人間関係の管理、他者への働きかけ、自己制御などのスキルを養うことが含まれます。こうしたスキルを身につけることで、協力的で高パフォーマンスな職場環境を促進できます。

【EQの正しい理解のために押さえておきたいポイント】

  • 「感情」は「性格・精神」とは異なる EQは感情を認識し、理解し、活用・管理する能力に焦点を当てたものであり、性格的・精神的特性とは区別されます。あまりにも広義に捉えてしまうと、EQの効果的な活用が難しくなります。
  • プロジェクト成功への影響 EQの利点には、人間関係の向上、効果的なリーダーシップ、協力的な職場環境の構築が挙げられます。ただし、当然ながらプロジェクトを成功させるためには技術的なスキルや組織力など、他の要因も関与しています。
  • EQ向上のためのトレーニング  生まれ持った資質もありますが、EQは訓練と実践によって向上させることができます。汎用的なEQ教育プログラムや、特定の業界専用プログラムもあり、企業はそれを通じて社員のモチベーション向上や行動変容を促し、生産性向上やコストダウンに繋げています。
  • EQの測定方法 EQの評価は自己報告で行われることが多いですが、より標準化された方法で測定することも可能です。例えば、欧米ではEQ-i 2.0やEQ-360といった評価ツールが利用されており[4]、日本にもEQテストを提供するサービスがいくつかあります。また、EQを導入する前後のパフォーマンスを比較することで、その効果を明確に確認することができます。

プロジェクト管理におけるEQの現状:世界と日本の比較

当調査によると、世界中のプロジェクトマネージャーはEQに基づく手法を積極的に取り入れています。EQを導入することで、チーム内のコミュニケーションが改善され、プロジェクトの成功率が向上するなど、多くのメリットがあり、特に問題解決、リスク管理、チーム管理においてその効果を発揮します。以下のグラフは、日本と世界におけるEQの利用頻度を示しています。

プロジェクト管理における感情的知性 (EQ) の導入

日本のプロジェクトマネージャーの80%が「頻繁に」または「常に」EQを取り入れていると回答しており、日本でもその重要性が高いことがわかります。しかし、世界12カ国平均ではその割合が95%に達しており、日本は調査対象国の中で最下位となりました。

さらに、過去2年間のEQ利用状況の変化を見ると、日本のプロジェクトマネージャーの26%が「変化がない」と回答しており、12カ国平均の12%よりも高い割合となっています。

プロジェクト管理におけるEQ活用の変化

これは、世界の他の地域ではEQの利用が増加している一方で、日本では普及がやや遅れていることを示しています。この差を埋める手掛かりとなるのは、EQを活用するメリットと、その導入を阻む要因について理解することです。これについては、次に見ていきましょう。

プロジェクト目標達成におけるEQの意義とは?

前節では、EQがプロジェクト管理において大いに注目されていることがわかりました。続いて、EQがプロジェクトの成功に具体的にどのように貢献しているかを探ります。

EQの目標達成能力への影響

世界のプロジェクトマネージャーの96%が、プロジェクトチームのEQの高さがチームの目標達成能力にプラスの影響を与えると考えており、日本の場合も同様の結果となりました。この高い割合は、EQの重要性が広く認識されていることを示していますが、実際にパフォーマンスの高いPMの意見に絞ってもう少し深掘りしましょう。

当調査では、回答者に「直近の主要プロジェクト」に関しての成果を伺い、それによって「目標を上回った」、「目標通りに達成した」、「目標を達成できなかった」の3つのグループを特定することができました。そこで、目標を上回ったグループ 、すなわち「高パフォーマー」に共通する要因として、2つの重要なポイントが浮き彫りになりました。

  1. 感情の認識力 高パフォーマーの共通点として、自分の感情を自覚できることが挙げられます。過大なストレスにさらされたときでも、自分の感情を正確に認識できると「強く思う」と回答したのは69%に上ります。すなわち、自己認識の高さが優れた成績に寄与していることを示唆しています。
  2. 経営幹部のEQ理解 経営幹部がプロジェクト管理におけるEQの重要性を理解していることも、目標を超えるパフォーマンスに大きく影響しています。高パフォーマーの81%が経営幹部のEQに対する理解が高いと回答しており、トップマネジメントのEQへの理解と支持がプロジェクト成功の鍵であることが示されています。

以上のデータを踏まえると、目標を上回る成果を達成するためには、個人レベルだけでなく組織レベルでも、EQを理解することが不可欠であると結論づけることができます。つまり、経営陣を含めた全社的な取り組みとしてEQを重視する文化を育み、それを支える環境を整えることで、プロジェクトを成功させる「基盤」が築かれると期待できるということです。

しかし、プロジェクトマネージャーがEQスキルを最大限に活用するためには、どのような場面で最も役立つかを理解する必要もあります。

EQスキルが最も活かされる場面

日本のPMに対して、EQスキルが最も効果的に活用される場面について尋ねたところ、「問題解決」、「リスク管理」、「チーム管理」において特に発揮されるという結果になりました。

EQが最も役立つ場面
  1. 問題解決 日本のプロジェクトマネージャーの54%が、EQスキルは問題解決に最も効果的だと感じています。PMには感情を適切に認識し、冷静に対処する能力が求められますが、ナレッジマネジメントツールを使うことで、過去の問題解決方法やベストプラクティスを蓄積し、再発防止に役立てることができます。
  2. リスク管理 リスク管理においてもEQが重用視されており、回答者の50%がこれを挙げています。リスクが発生した際に冷静に対応し、チームメンバーの不安を和らげることは、プロジェクトの安定した進行につながります。リスクマネジメントシステムを活用することで、リスクの早期発見と迅速な対応が可能となり、チームの信頼感を高めることができます。
  3. チーム管理 プロジェクトマネージャーの49%が、チーム管理におけるEQスキルの重要性を認識しています。チームメンバーの感情やモチベーションを理解し、適切に対応することで、協力的な職場環境を作り出すことができます。さらに、チーム管理ツールを使用すれば、メンバー間のコミュニケーションが円滑になり、プロジェクトがスムーズに進行するようになります。

EQの影響力に対する意識は全体的に高いことが分かり、具体的な活用場面について検討しました。しかし、EQの効果を最大限に引き出すためには、導入を妨げる要因を特定することも大事です。次節では、日本のプロジェクトマネージャーがEQを実践する際に直面する課題を明らかにし、その改善策を提案します。

EQでコミュニケーションと信頼関係を高めよう

EQの活用がプロジェクトの成功に大きく寄与することが明らかになりましたが、その導入にあたっては、多くのPMは少なからずの障壁に直面しており、EQのメリットを最大限に活かす妨げとなってしまっています。それでは、その障壁とはどのようなものなのかを見ていきましょう。

プロジェクトマネージャーに、EQを取り入れる上で最も苦労した部分は何かを尋ねたところ、日本の回答者が最も多く挙げたのは以下の3つの領域でした。

  1. 人間関係の管理(66%)日本の多くのPMはステークホルダーとの関係管理で特に苦労しており、その割合は他国と比べて顕著に高いです。特に欧米では、ドイツ (27%)、カナダ (28%)、イギリス (29%) が低い割合となっています。これには様々な社内外の要因が影響していると考えられますが、対処方法としては信頼関係を築き、効果的なコミュニケーションを図ることが重要です。定期的なフィードバック調査や、資料の共有、オープンなディスカッションなどを通じて相互理解を深めることができるでしょう。
  2. 他者への働きかけ(48%)他者の感情やニーズを理解し、適切に働きかけることも難しい課題です。特に、異なる文化背景や価値観を持つチームメンバーとコミュニケーションをとる場合、さらに複雑になります。これに対処するためには、アクティブリスニングや共感のスキルを磨き、相手の立場に立って考えることが大切です。
  3. コンフリクト解消(47%)対立が発生した際には、冷静かつ公平に対処する能力が求められます。それが上手く運ばない場合、チーム内の人間関係や協力体制に影響を及ぼす可能性があります。

これらの課題は時間をかけて改善していく必要がありますが、いずれもコミュニケーションの問題として理解できます。オープンなコミュニケーションと適切なフィードバックを取り入れることで、大幅な改善が期待できるでしょう。

職場のコミュニケーションを改善するためのヒント

以下の具体的な改善策を取り入れて、社員一人ひとりが自由に感情を表現できる環境を作りましょう。

  • ミーティング中の工夫 対面会議やWeb会議の際に、ゲームやアイスブレイクの時間を設けることで、リラックスした雰囲気を作り出し、チームメンバーが自由に感情を表現できる場を提供できます。
  • ステータス絵文字の活用 会社のチャットツールでステータス絵文字を活用することを促し、チームメンバーが自分の気持ちや状態を簡単に共有できるようにします。
  • フィードバックの収集 定期的にフィードバックを実施することで、チームメンバーが自分の感情やニーズを共有しやすくなります。コメントは具体的で建設的なものとなるよう心がけましょう。
  • 社内イベントやワークショップ 定期的に社内イベントやワークショップを開催し、EQを高めるためのトレーニングやアクティビティを行うことも検討に値します。

これらの対策は強制するのではなく、自然と企業文化に浸透することが理想的です。

おわりに:戦略的な取り組みとしてのEQ

今回の調査結果から、EQの高さがチームの目標達成能力に直結すると言っても過言ではありません。現代のビジネスシーンではコミュニケーションと協力がますます重要視されており、EQの役割は今後さらに大きくなると考えられます。

チームの協力体制を強化するためには、プロジェクトマネージャーが自己認識を高め、効果的なコミュニケーションを行うことが大切です。さらに、経営幹部がEQの重要性を理解し、組織全体で推進することができれば、チームの協力体制が強化され、プロジェクトの成功率が向上すると言う好循環が期待できます。このように、EQを戦略的な取り組みと捉えることで、会社全体でより効果的なプロジェクト管理を実現できるでしょう。

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調査実施方法

*キャプテラの「2024年プロジェクト管理ツールの効果に関する調査」は2024年5月にオンラインで実施され、世界12カ国2,500 名 (うち、日本からは200名) が回答しました。調査の目的は、プロジェクト遂行においてプロジェクトマネージャーに必要なリーダーシップ能力や感情的知性、そしてAIの活用方法を明らかにすることです。以下の条件に合致する方を対象としました。

  • 組織の規模を問わず、自社のプロジェクト管理業務に携わっている
  • 現在、会社でプロジェクト管理のソフトウェアを使用している

出典一覧

  1. Curiosity is a superpower when dealing with conflict (英語), Danya Rumore
  2. Optimism pessimism stability in the graph model for conflict resolution for multilateral conflicts (英語), Emerson Rodrigues Sabino and Leandro Chaves Rêgo
  3. 組織のリーダーとして成功を収めるにはEQ (こころの知能指数) が不可欠である, 森本博行
  4. The Emotional Quotient Inventory (EQ-i 2.0) (英語), Consortium for Research on Emotional Intelligence in Organizations