量子コンピュータの技術は日々進化しており、日本でも産学官が一体となって研究開発や事業化へ向けての取り組みが進んでいる。量子コンピュータの普及により、ビジネスはどう変わるのか。量子スタートアップ企業のCEO3名に話を伺った。

量子コンピュータは、従来のコンピュータでは計算することが難しい、複雑な問題の解決を可能にします。組み合わせ最適化、素材開発、高精度なシミュレーションなどへの応用がすでに始まっており、データ分析をはじめ様々なビジネス分野での活用が期待されます。
特に日本においては、量子技術を社会経済システム全体に取り込む「量子未来社会ビジョン」構想が掲げられており、産業の成長機会の創出や活性化だけでなく、生活サービスや災害対策など様々な社会的課題の解決につながるとされています。
しかし他方では、敷居の高い技術とされているため、実用に程遠いものと考える企業も少なくないでしょう。量子技術は実際どこまで進歩しているのか?ビジネスにどう活用できるのか?今から準備できることは何なのか?第一線で活躍する企業の社長に量子コンピューティングの現状と展望についてお話を聞きました。
量子技術はどこまで進歩しているのか?
【量子コンピューティング早わかりポイント】
量子ビット 情報を「0」か「1」の数字で表す古典コンピュータのビットとは違い、「量子ビット」は量子力学の原理に基づいて複数の数字を同時に表すことができます。
驚異的な演算能力 量子の性質により、膨大な計算を一度に、しかも小さな消費電力で処理することが可能になります。データ量が増えれば増えるほど、量子コンピュータはその能力を発揮します。
量子技術の種類 問題解決の方法によって、「量子ゲート型」と「量子アニーリング型」に分類されます。
- 量子アニーリング型は、組合せ最適化問題の解決に特化した手法で、商用化が最も進んでいる技術です。組合せ最適化問題とは、ある制約条件の下で、複数の選択肢の中から最も効果的な組み合わせを導き出すことです。よく挙げられる例として、複数都市を効率よく訪問する巡回路を求める「巡回セールスマン問題」があります。
- 量子ゲート型は、量子状態における素子の振る舞いや組み合わせから計算回路を作り、問題を解決します。現時点では実用段階に至っていませんが、汎用的な計算を行う「万能型」コンピュータとしてこれからの進歩が期待されます。
量子技術によって期待できる効果
前記したように、汎用的な量子コンピュータはまだ実現されていないものの、「量子アニーリング」は大規模な組合せ最適化問題を解く技術として現在注目を集めており、実用化が始まっています。この技術の普及によって、どのような成果が見込めるのでしょうか。株式会社Quemix (キューミックス) の松下雄一郎代表取締役CEOは、「従来型のコンピュータと比べると量子コンピュータの活用によって、シミュレーション技術が大きく発展する」と言います。従来型のコンピュータでシミュレーションする際に、入力データ量を増やすとすぐに問題解決が難しくなり、手に負えなくなってしまうのが現状です。そうした課題の改善に、量子技術が大きく寄与するはずだと予想しています。

一方、blueqat (ブルーキャット) 株式会社の湊雄一郎代表取締役社長は、量子技術はまだまだ黎明期でこれから勝負という段階にあると述べています。日本の技術力については、「世界の中ではトップクラスに優位な立場にあり、物理学が強い国ともありビジネスチャンスは多い」としながらも、勢いを確保する必要があることを指摘しています。日本が量子通信・暗号、量子ソフトウェア開発などの分野に力を入れているのは確かですが、他の国々も量子技術に注力しており競争が激化しています。今後も官民ともに、実用化に向けて積極的に取り組み、さらなるイノベーションを推進する必要があるでしょう。
量子コンピューティングをビジネスにどう活かせるのか?
ここまで見てきたように、量子コンピュータは特定の問題に対して従来のコンピュータよりも効率的な最適解を見出すことができるため、労力や時間を節約するほか、電力供給不安の中エネルギー消費を抑えられるというメリットもあります。すでに以下のような分野で、この技術の応用が始まっています。
- 工場などの製造プロセスやスケジュールの最適化
- 効率の良い配送ルートの計算
- バスダイヤの作成
また、今後活用が期待される分野の例として、暗号技術や金融などのシミュレーション、素材や薬の開発、機械学習などがありますが、blueqatの湊氏はあらゆる業界にチャンスがあると見ています。なぜなら、特に最適化と機械学習は業務効率・人手不足やコスト削減に大きく関連するため、業種を選ばず実行することができるからです。ただし、問題なのは、「それを実行できる企業が大きく不足している」ことだそうです。そのため、量子技術と各分野のドメイン知識の融合が現在ビジネスの現場で求められていることだと述べています。

また、株式会社グルーヴノーツで代表取締役社長を務める最首英裕氏は、人口が減少しつつ多様性を許容する社会において量子コンピュータの活用が不可欠になると予想します。つまり、従来のシステムでは、より少ない人数でよりバリエーションの多いサービスを提供することに限界があるとのことです。実用にある量子アニーリングを用いることで、車の移動、天候の変化、健康状態の変化など、「刻々と変化する状況に合わせて、経過が起きているようなことに合わせて瞬時に最適なものを選び出すことが可能になる」と話します。
量子技術の国際連携への動き
2021年に発足した新産業創出協議会 (Q-STAR) は、産業や企業の垣根を越えて、新産業創出を目指す任意団体です。主な活動内容は、量子技術の動向に関する調査研究や、制度整備に関する検討などです。
また、量子関連団体との連携活動の一環として、2023年1月31日に、 世界の量子産業の成長促進を目的とした「量子技術における国際的な協議会」の発足に向けた覚書に調印しました。これには、日本、米国、カナダ、欧州を拠点とする4つの量子産業コンソーシアムが参加しています。
量子変革に向けて、中小企業が今から準備すべきことは?
量子コンピュータのビジネス応用は時期尚早との見方もありますが、産学官民で様々な取り組みが推進されており、到来するであろう新しい社会経済システムに備えて今からでも始められることはあります。
人材の確保
Quemixの松下氏は、最適化を自社できちんと行う場合は「自分たちで研究者や、それなりの知識を持った人 (数学者、理論物理学者、理論化学者) を社内の中で確保する必要がある」ことを主張しています。それが難しい場合は量子コンピュータ系のベンチャーに相談することもできますが、「量子時代には人の奪い合いがさらに加速する」ことを予想しています。
情報収集と動向の把握
blueqatの湊氏によると、現在は「他社動向や情報収集が非常に大事な時期」であり、「日々生まれる量子のニュースに目を通すこと」をすすめています。その関連で、「量子教育に際してのビジネス応用の方法を段階を経て会得するためのセミナー」が増えている一方、「今後は専門的な知識は不要でノーコードなど、量子の知識がなくても恩恵が受けられるインフラ作りが可能になる」と展望します。
経営陣の積極的な関与
グルーヴノーツの最首氏は、日本と海外の違いに関して、我が国には量子技術に取り組んでいるユーザー企業が少ないことを指摘しています。企業が自らイノベーションを起こそうとする姿勢を養うために、経営陣が積極的に関与することを推奨しています。

資金については、「ITの導入は、さまざまなクラウドサービスの普及により、従来の開発に比べ安価に実現できるようになっている」ため、とにかく技術を適切に活用するための知識が必要とのことです。さらに、現在定着している「物流業界」、「自動車業界」のような業界の概念すら変えていったり、今のビジネスモデルが通用しなくなる可能性があります。そのことから、「量子から最も遠いとされる業界にいる人こそ、生まれ変わるチャンスがあるかもしれない」と説明します。
量子技術の注意すべき点は?
量子コンピュータの高度な演算能力に大きな期待と関心が寄せられていることが分かりましたが、これから量子技術に取り組む際には、いくつかの課題があることも念頭に置いておく必要があります。3人の社長は、以下のような注意点を挙げています。
量子技術の習得に関しては教育が重要で、技術的な習得とビジネス面での応用の二つがあり、この二つを両立させられている企業は多くありません。業界で増えているそのような応用セミナーをぜひ活用してください。
blueqat株式会社 湊雄一郎
量子コンピュータと古典コンピュータは、得意不得意があります。量子コンピュータはうまく性能を引き出せると超並列計算が実行できるという優れた点がある一方、並列計算の必要がない演算には一切向いてません。用途の見極めにご注意ください。
株式会社Quemix 松下雄一郎
量子コンピュータは、あくまで一つのツールに過ぎないのです。馬車しかなかった時代にトラックが登場しても、トラックの構造や製造工程に精通している必要がなかったように、量子コンピュータが社会にどのような本質的な価値をもたらすのかというところに目を向けるべきです。
株式会社グルーヴノーツ 最首英裕
まとめ:革新的な技術への期待
量子コンピュータは遅かれ早かれ、破壊的な変革をもたらすと言っても過言ではありません。医薬品開発や素材開発、複雑な最適化問題の解決など、量子コンピュータを活用することで大きな成果が期待されています。
実用化はまだこれからという状況ではありますが、今後の進展や技術の変化に対応するために、今からでもアンテナを張って注意深く情報収集を行うことができるでしょう。また、専門知識を持った人材の育成や、量子技術を応用した新たなビジネスモデルの構築など、様々な取り組みが求められると予想されます。ぜひ、量子コンピュータの可能性について関心を持ち、今後の動向に注目していただきたいと思います。