「2025年の崖」が目前に迫っている中、ビジネスのデジタル化に必要な対策が十分に講じられているのだろうか。最近の行政やビジネス界の動きを手がかりに、これから注目すべき技術トレンドを紹介する。
日本企業が世界のデジタル競争から取り残されないための期限である「2025年の崖」を前に、デジタルトランスフォーメーション (DX) について焦りを感じる中小企業は少なくないでしょう。2018年に経済産業省の「 DXレポート ──ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開」が発表されて以来、多くの会社が自社システムを刷新して データ活用や 業務の自動化に取り組んでいますが、日々変容するビジネス環境で具体的な課題とその手立てを見出すのは必ずしも容易ではありません。
本記事では、デジタル庁が「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(以降、「重点計画」と称す) で提唱するデジタル社会の在り方に対応するために、中小企業が今とるべき対策について考察します。その手がかりとして、ガートナーが発表した「2023年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド」(英語) を中心に、デジタル変革の観点からビジネスの風景がどのように変化するかを紹介します。
日本のデジタルトランスフォーメーションの主な課題
先述の「DXレポート」は、約8割の企業がレガシー・システムを抱えているという当時の現状に対し、我が国は国際競争から取り残されると警鐘を鳴らしています。すなわち、そういったレガシー (既存) システムを見直さないと、企業はデータを最大限に活用することができず、DX推進の足かせになるという指摘です。
また、大規模なシステム開発を行ってきた有識者の退職などにより、そのノウハウが喪失してしまい、システムのブラックボックス化が生じる懸念を表明しています。そして、このような問題を2025年までに解決しなければ、甚大な経済損失につながると警告しています。
こうした事態を受けて、経済界ではデジタル化に向けた動きが活発化してきましたが、中小企業・小規模事業者の間ではまだまだ不十分だという見方が優勢です。キャプテラが デジタル戦略を実行している中小企業を対象に行ったアンケート調査では、日本の場合は6割が「自社のデジタル戦略は十分に確立していない」と回答し、同調査の他国の結果と比べると著しく高い割合であることが分かりました。
この状況を背景に、日本のDX推進の司令塔として創設されたデジタル庁 (内閣直属) が、2022年6月に国の構造改革の羅針盤となるべき「重点計画」を策定しました。各府省庁のシステム整備、行政手続きのデジタル化など、行政の仕組みと人々の暮らしに関わる政策に多くの紙幅が割かれていますが、中小企業にとって関心事項になるのは、次の3点だと考えられます。つまり、「セキュリティの確保」、「クラウドサービスの拡大」、「AIの活用」のことです。それぞれについて見ていきましょう。
セキュリティ問題とデジタル免疫
サイバー空間の利用にあたっては、セキュリティ問題は大きな課題となっています。データのトラスト確保や産業分野別のガイドライン策定など、デジタル庁は多岐に渡る対策を提言しています。また、「 サイバーセキュリティお助け隊サービス」の普及促進による中小企業への支援も明記されています。
トラスト確保とは?
トラストとは「信頼」を意味しますが、インターネット上で手続きや取引を行う際には、 データの信頼性や真正性を確保することが肝心です。行政以外でも、金融、保険、情報通信、不動産、医療、運輸などの業界でそのニーズが高いと指摘されています。そのために、デジタル庁の「重点計画」では 電子署名や 利用者認証などのトラストサービスの活用を進めることになっています。
これと関連して、ガートナーが予測する技術トレンドの中に「デジタル免疫システム (Digital Immune System)」があります。これは、いくつかのプラクティスや技術を組み合わせることにより (詳しくは下図参照)、企業のアプリケーションやサービスを、ソフトウェアのバグやセキュリティ問題から保護する仕組みとなっています。
デジタル免疫の考え方では、すべての障害を防ぐことを前提にするのではなく、障害から迅速に回復できるようにレジリエンスを高めることを目的としています。それによって、システム障害を低減すると共に、優れたユーザーエクスペリエンス (UX) の実現を目指します。
ガートナーによると、デジタル製品部門の76%が売り上げ創出の責任も担うようになっており、デジタル免疫システムに投資する組織では、ダウンタイムを最大80%削減し、これによって直接的に売り上げを拡大させると仮説を立てています。すなわち、デジタル免疫システムは事業とITの両部門から「ビジネス価値」を生み出す契機になると考えられます。
クラウドサービスの拡大と業界クラウド
経済活動に限らず、社会生活のあらゆる側面でクラウドサービスの重要性が増していくと予想できます。しかし、日本に根ざしたクラウドサービス産業は未熟である現状があるため、クラウド技術の発展を支援する取り組みが今後増えていくことを「重点計画」から読み取ることができます。従って、新規デジタルサービスの立ち上げを考えている企業は、クラウド上での提供を優先的に検討するべきでしょう。
また、クラウド領域で抑えていただきたいトレンドとしてインダストリ・クラウドまたは業界クラウド (産業クラウド) の台頭があります。業界クラウドとは、本来は別々に提供されるSaaSアプリケーションをある業界に特化したクラウドスイート (クラウドサービス郡) としてパッケージ化したものです。例えば、小売業が必要とするクラウドサービスとしては顧客分析、在庫管理、不正取引検出、店舗サポートなどがありますが、医療機関の場合は電子カルテ、予約管理、医療チームのコラボレーション機能などが求められます。各業界で利用されているデータのフォーマット、ワークフロー、サービスコンポーネントなどをクラウドサービスとしてあらかじめ設定されていますが、自社のニーズに沿ってカスタマイズすることも可能です。このような仕組みのメリットには、組織の俊敏性を高め、イノベーションを加速し、価値実現までの時間を短縮することができることが挙げられます。
業界クラウドの利用にあたり、ガートナーは以下のポイントを意識するようアドバイスしています。
- 業界向けクラウドプラットフォームを、既存のテクノロジを大幅に置き換えるものではなく、新しい機能をもたらす「補完的」なものとして位置づけること
- テクノロジとビジネスを横断する 融合チームを設置し、IT部門と協働させること。それによって、業界クラウドの実現に向けた全社的な理解と協力を得ることができる
- 業界クラウドをそのまま導入するのか、自社のニーズに合わせて再構築するのか、ルールを明確にすること
AI活用におけるリスクとその対策
政府の AI戦略では、民間企業による実践を通じてAIの社会実装を促すために、さまざまな取り組みが用意されています。それに基づいて、デジタル庁も「説明可能なAI」などの技術開発や「責任あるAI」の実現に向けた支援を行うと発表しています。
AIのビジネス活用
AI (人工知能) とは、アルゴリズムを用いて大量のデータを処理・分析し、パターンを見出すことにより、人間の知的能力を再現するテクノロジです。自然言語処理、機械学習、音声認識などに応用されています。ビジネスでの具体例としては、チャットボット、スマートアシスタント、製造ロボットなどがあり、作業工程の自動化、顧客管理の効率化、スマートな意思決定を実現します。
・説明可能なAI: AIの判断根拠を人間が理解できるようにする技術の総称
・責任あるAI: 社会に対してAIの公平性・透明性を担保する方法論
しかし、AIの導入には何かしらのリスクが伴います。なぜなら、AIモデルのトレーニングに機密性の高い大量のデータセットが使用されたり、複数の組織間で共有されたりするからです。データへのアクセスを適切に制御しないと、法的・経済的・社会的な不利益を被る可能性があります。
その関連で、「AI TRiSM」という枠組みがこれから注目度を増すとガートナーが述べています。TRiSMとは、「Trust (=信頼)」、「 Risk (=リスク)」、「Security Management (=セキュリティ管理)」の頭文字から取っている言葉で、AIイニシアティブの信頼性、透明性、公平性を担保するためのツール群のことを指します。AI TRiSMに含まれる機能は、大きく4つのカテゴリに分けられます。すなわち、説明可能性、ModelOps (モデルの運用化)、AIアプリケーションセキュリティ、及びプライバシーのことです。
まだあまり馴染みのないコンセプトかもしれませんが、規制の強化やAIの運用能力向上により、今後その需要が高まるとガートナーは予想しています。また、AI TRiSMを導入することによって、事業目標達成度やユーザー受容度の大幅な向上につながると述べています。
潮流を見据えたDXへ
デジタル社会に向けての国の施策を、IT業界を席巻しているトレンドと照らし合わせて、「2025年の崖」対策に関して注目に値する動向をピックアップして紹介しました。今回は「デジタル免疫」、「業界クラウド」、「AI TRiSM」についてまとめましたが、デジタル人材の育成・確保に関連する事業など、行政が注力している領域は他にも色々あります。
このような動きをいち早くキャッチすれば、自社の意思決定に役立つ知見を得るだけではなく、国・自治体・省庁などの助成金・補助金を申請する際にも参考になる情報になります。常にアンテナを張って時代の潮流や変化を見据える姿勢は、ビジネスのデジタル化に取り組む上で欠かせないことと言えるでしょう。